2005年06月23日

靖国神社

島村宜伸農相の「戦後60年たっており、当時私たちは子供で、
そういう(戦時)行為に行きすぎがあったことを認めない(わけ)ではないが、
それらについてどういうふうに責任を取ってくれるのだと言われても、
戸惑うしかない」と発言、

おいおい島村君、君は政治家だろう、それも大臣!

………………………………………………………………………………

気が重いが、靖国神社について書いてみようと思う。
宗教というものについて語るには生死観や国家観が入ってくるので、
複雑で面倒くさいという気持ちが先立つ。
しかし、最近の日中の外交問題にまで発展し、
世間を騒がしている靖国神社の問題は
自分なりに整理したい気持ちもある。

靖国神社とは「日本における戦没軍人・軍属の慰霊・顕彰・崇敬を目的とした神社」とある。
つまり「日本国のために命をささげた軍人の霊を慰める」ということらしい。
戦場で散っていった多くの軍人達のの魂を慰める、そこにA旧戦犯が含まれていることで
話がこじれて外交問題にまで発展しているということらしい。

そもそもあの戦争は何だったのだろう。
「大東亜戦争(太平洋戦争、日中戦争)は、
日本の自衛のために行われたのであり、東アジアを
自由で平等な世界を達成するためのものであった。」(靖国神社HP)
という言い訳はほとんど居直りとしか聞こえない。
あの当時の状況から推測して「自衛のため」というのは理解できても、
近隣諸国の領土で残虐行為を行っていながら「自由で平等な」は無いだろう。


更に、日本は国際社会に向けては戦争責任を認めていながらも
国内では、その責任はいまだに未解決である。

「東京裁判は国際法を無視した不法な裁判であった。
東京裁判によって「戦争犯罪人」との濡れ衣を着せられ、
不当な処刑が行なわれた。」
「 日本は中国・韓国に対して謝罪するべきではない。」
               (靖国神社HP)



神風特攻隊や人間魚雷として突撃していった人々、
援護もないまま出撃する軍艦、、
日の丸の旗を振って「お国の為に、りっぱに死んでこい」と送り出され、
「天皇陛下万歳」と叫んで亡くなった人達、。
あの無謀な戦争に送り出したのは誰(何)だったのか。
当時「何のため死ぬのか」と自問自答しながらも
結局「お国のために」「天皇(神)のために」と出兵していったという。

その国家が戦争責任をいまだ明確にせず、
歴史教科書の記述はどんどん削られて薄っぺらになり
NHKの大河ドラマは明治以前ばかり取り組んでいる。
歴史と真摯に向き合うことのない結果、再び
「愛国心」をもっと学校で教えるべき
国民保護法の名のもとでの「私」の「公」への協力強化
はては「憲法9条の改正」構想まで
戦前への回帰現象が目白押しである


結局、靖国神社やそれを支える政治家達は
英霊を祀ることにより国体を再現し、
戦没者達の「愛国心」や「忠誠心」を称えたいのだろうが、
「愛国心」なんてものは国家に利用されるだけで、
いざとなれば、国家はいとも簡単に国民を見捨てることは、
すでに、歴史で実証済みである。
                            

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posted by 田舎のディオゲネス at 02:33| Comment(2) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>近隣諸国の領土で残虐行為を行っていながら「自由で平等な」は無いだろう。
日本の占領政策が自由で平等ではないのは周知の事実ですね。
但し、それは残虐行為があったからではなく、アジアに於ける欧米の既得権を日本が手にするために、平等では有り得ないというだけです。
差別対象としては欧米人とその支配に荷担する華人が中心で、占領下に置いた現地人には飴を与えて懐柔していました。
勿論、反抗されれば十把一絡げに処断したのも事実ですが。

それまでの欧米の植民地政策自体、不自由で不平等な形で進められており、その下で小数の欧米人と華人が多くの権益を掌握し、本来の住人である人々が蔑ろにされていました。
そして日本はその既得権を奪うために植民地を侵略し、欧米人を追い払い、華人を差別して現地人の取り込みを図ったのです。
無論、経済権益はがっちり日本が握ってますが、将来の独立の希望を与え、今まで触れることも叶わなかった特権を分け与えることで、過酷な統治でありながらも大規模な争乱を起こすことなく統治したのです。
抗日ゲリラが華人だらけであったのも、そう言うことによります。

例えばマレー半島での統治方針は、欧米時代とは180度逆に「マレー人・インド人>華人」と明白な差別をするものが基本でした。
また、インドネシアでは(方便であったとしても)将来の独立を確約し、統治そのものにインドネシア人を登用し、インドネシア軍の教練まで施していたのは有名なことです。
朝鮮半島で多くの行政官や公務員を朝鮮人で賄ったのと同じ方法論ですね。

さて、言質さえ与えず武力で数百年間支配した欧米と、表向き解放を謳って数年間支配した日本は、政略面でも人道面でもほぼ同レベルであるとしか言えません。
にも関わらず、日本の侵略が独立の契機となったと一定の評価を与える人々が多くいるのは何故でしょう?
「残虐な日本軍の支配から解き放った連合国」を評価せずに。
Posted by 佐倉河 at 2005年07月13日 17:40
そうそう。

近隣諸国の領土での残虐行為とは、1937年にあった通州事件なども含まれますよね?

その常軌を逸した残虐さによって当時の対中感情を激烈に刺激した事件ですから。
Posted by 佐倉河 at 2005年07月13日 17:54
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