2006年05月26日

愛国心「個の尊重」から「公共の精神の重視」

教育基本法改正案が国会で審議され、
法案が通りそうな気配である。
戦後教育の「個の尊重」から「公共の精神の重視」
に変えようということなのだが、
私の意見としては
これまでの「個の尊重」の教育のありかたは
まだまだだと思っている。

「個の尊重」を重視した教育なら
もっと主体的に発言できるはずなのに、
けっこう「私は」「私なら」という主語はあまり用いられないからである。
公の場所で、自分の意見がしっかり発言できる人が
少ないということもずっと気になっている。
特に外国に行けば、そのことははっきりわかることである。
小泉首相や外務省の外交をみるともっと解りやすいかもしれない。

もっとも今の日本人は自己中心な発言や行動をしている人は多いが
「自己中心な発言」と「自分の意見」とは別ものである。
また、それは「個の尊重」の結果ではなく
いつまでも幼児のように育て、
肝心な自立への芽をつみ取るような
社会(家庭、学校、会社)教育のあり方の結果である。

現在のIT社会でけっこう自分の意見を書いているのを
見かけるが、それはブログのおかげであって学校教育の結果では無い!
これまでの教育は社会に従順な羊達を育てることに重点を置いていたし、
今回の教育基本法改正案での「公共の精神の重視」は
もっと強化するという意味合いをもっていると言っていい、

学校現場では学習指導要領で「国を愛する心情を育てる」ことを
目標に挙げて「愛国心」を通知表の評価項目に
数年前から盛り込んでいるという。

小泉純一郎首相の「愛国心があるかどうか、そんな評価は必要ない」
と答弁したというが、すでに教育現場では先を見越して走りだしているようである。
法律が制定されれば、堂々と「愛国心」という名目でムチを振り回すであろう。
中国のような「公共の精神の重視」の名の下に
民衆を縛る環境は順調に整備されつつある。

追文:目指す理想のモデルは北朝鮮らしい・・
   そのうち、国民同士で「非国民」狩りを始めるのであろうか
   現在でも自分個人の考えではなく
   マスコミなどに影響を受けやすい国民性だもの
   教育基本法改正案で国民の「愛国心」云々よりも
   アメリカに尻尾ふっている小泉首相と外務省の
   「売国奴」をどうにかしてくれないものか。

   「個の尊重(国民の尊重)」から
        「公共の精神の重視(対米重視)」だものなあ(゜_゜;) 


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posted by 田舎のディオゲネス at 11:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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